不定期連載『訊くくつした』 第1回

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気になる事を,くつしたが思うさま訊く。言いにくい題名ですが,新企画の始まりです。

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当制作団体くつした企画は、『無節操制作団体』という奇妙な言葉を冠に戴いております。
表現手段にこだわらない、といった意味合いで頭にのっけてあるものなのですが、関わってくださっている方々も負けず劣らず実に多種多様です。
そんな中の一人が、広報担当・淳子さん。実はベテランの女装さんでございます。

そんな淳子さんが本ウェブサイトでお伝えしてまいりました『女装情報』のコーナー。こちらは女装を嗜まれる方々の立場から実践的なノウハウをお伝えするという、いわば『How to 編』でした。
女装の要たる衣装の選び方から、理想的な体脂肪率と体調管理のしかたまで。この世界を知らない当方といたしましては、それはもう興味深い知識の塊だったのですが、他方、知れば知るほど聞きたいことがたくさん出てきたというのもまた、本当のところでございます。

そういったわけで、今回から不定期に、今度は外側から女装の世界をあれこれ探ってみたいと思います。

 

 

女装さんが3人集まると?

 

「女装して飲みに行くと、時々言われることがあるんです」

淳子さん、開口一番そんなことをおっしゃいました。一体、どういったことですか?

「カウンターに座って、隣が男の人だったりすると『ジュンちゃんって、ジェンダーさんなんだ?』って聞かれますね」

ジ・ジェンダーさん? こちら、様々な意味を含んでいつつも、今の時勢においては『社会的に生み出された性イメージ』という概念を指すことが多いように思いますが、これ、どういう意味合いなんですか。

「トランスジェンダーの方のことを、そう呼ぶことが定着してきているみたいです」

なるほど。これはまたややこしい…と思っておりましたが、よおく聞いてみますと、この『トランスジェンダー』の略であるところの『ジェンダーさん』という言葉、先に述べた一般的な意味のそれとはイントネーションに違いがあります。こちらの『ジェンダー』は、言葉尻が上がるのです。定置網ではなくインターネットの方の『ネット』や『スマホ』の発音と同じような感じでございますね。つまり、日本語文化のひそみに正しく倣い、これはその道に通じた通人たちの間で用いられる符丁の一種、つまり玄人言葉なのでしょう。
文字で書くとややこしいですが、音で聴く限りはばっちり誤解せずに済みそうです。

「まず女装の趣味を持っていることを伝えて、その後、自分の場合は(性的な)指向としては女性が好きです、と伝えなくてはいけないんです。ちょっとややこしいところがありますね」

そうそう。それ。それなんです。このあたりの概念が入り乱れていて、ちょっと混乱することがままあるんです。

「例えば、女装さんが3人集まったら、同じように見えてみんな違う、ということもあります。一人は、男の人が好きだから(より受け容れてもらえるように)女の格好をしている。もう一人は、心は女なので最終的には女性になりたい、そのための過程として、女性の格好をしている」

ゲイ、そしてトランスジェンダーの方、ということでしょうか。

「そうですね。体も女性になりたいから、その費用のために女装してオカマバーで働いている、なんていう人もいました」

では、最後の1人は?

「最後の1人は、女性の格好をすることが好きで、あくまで性的な指向は女性に向いている人」

淳子さんはこの最後の1人、つまり女性の姿をすることそのものに魅力を感じている男性、というわけなのですね。
整理してみますと、次のようになりましょうか。

 

1)男性の肉体のまま、男性に惹かれる女装さん

2)女性の心をもち、肉体も女性に変える、その過程のひとつとしての女装さん

3)男性として異性に惹かれるが、女性の姿になることに魅力を感じる女装さん

 

ふむ。…あ。分かった。分かりましたよ。当方がずっと混乱していた理由が。
当方、ずっと女装を『趣味』だと考えていたところがあるんだと思います。つまり、3)のみを女装と考えていたわけです。
しかし実際には同じ女装でも、方向や目的が全く異なる。このせいで、当方は頭の中がこんがらがってしまっていました。

このように見てまいりますと、『女装』は男性が女性の姿になるという『状態』を指す言葉と考えたほうが、すっきり理解しやすくなる気がします。
そう考えた場合、淳子さんのような、セクシュアリティと関係なく女性の姿になることそのものを楽しむ女装に、特別な呼び方が無いことが混乱の原因になっているんじゃないかとも感じますが…。

「(自分の趣味を)わたしは、『趣味女装』と呼んだりしています」

そうそう。何かそんな感じの呼び名が必要な気がいたします。

「最近では『女装コスプレイヤー』と自己紹介すると分かってくれる人が増えました」

コスプレ! その手がありましたか。

「実際、女装が急速に認知されてきたのは、21世紀に入ってから、コスプレが社会に浸透し始めたのと同じ時期だと思うんです」

 

 

男の財布・女装さんの財布

 

コスプレと女装には色々と共通点があるけれども、決定的に違うところもある。その一例として、淳子さんはこんなことをおっしゃいました。

「ノンケの男の人に『きれい』『かわいい』とか言われると、気持ち半々なんですね。『嬉しい』というのと『うまく騙せたな』というのと」

これと同じような言葉を、何度か役者さんからお聞きしたことがあります。役に入りきっているのにも関わらず、うんと冷静に今おかれている状況を観察する自分も同居している。特に舞台の上では、観客の空気や反応を常に把握する必要がある。そんなお話でした。

「だから女の人の仕草や立ち振る舞いを勉強する目線で見たりしますね」

淳子さんは演技経験が全く無い方なのですが、実はくつした企画が制作した長編映画『植木屋たちの黄昏』で準主役を演じていらっしゃいます。台詞が一切無く、動きだけでお芝居をするという役どころだったのですが、撮影時に驚いたのは、カメラが回ったときの立ち振る舞いの確かさ。立ちポーズだけでなく、腕の位置や指先の仕草に至るまで、意識が行き届いていたのです。このことが、趣味女装というジャンルの演技性を何より強く表しているのかも知れません。

 

 

 

 

「(女性としての立ち振る舞いが)上手くなってくると、赤の他人でも(男性の姿で居る時とは)男の人からの扱いが全然違ってくるんです」

と、いいますと?

「例えば狭い通路で肩がぶつかっても、男同士なら『チッ』と舌打ちくらいされますけど、女装していると『すみません』って言ってくれたりします」

おお!

「デパートのドアを開けようとしたら後ろから手伝ってくれたり、エレベータも待ってくれる。あとは、笑うかもしれませんけど、食べ物が余計にあたる。(女装姿で)男の友達と遊びに行ってご飯を食べると、『ケーキ、食べるよね?』とご馳走してくれたりします」

逆の場合ももあったりしますか?

「あります。女装友達とご飯を食べに行ったとします。例えば自分は男のままで、友達は女装だったとすると、お会計のときに自然に自分がお財布を出して払うんです。もちろん逆だと相手が払ってくれる」

それは、女装さん同士のルールなのでしょうか。

「いえ。暗黙のルールがあるわけではなく、自然にそうなります。女装同士だとワリカンにしたりするんですけど、相手が男の姿の場合で自分が女装しているときは、自然と『あ。ご馳走様でーす』って言います」

これは面白いなあ。女装することで、女性の立ち振る舞いや仕草だけでなく、ジェンダーも演じることになる。あ。この場合は、冒頭に出てきた言葉尻が上がる方のジェンダーではなく、一般的な意味合いでのジェンダーでございますね。

「普段意識してないですけど、女装すると逆の立場から始めて分かる。見えてきますね」

 

 

カレシの中の『女友達』

 

「そういえばこんなこともありました。高校時代からの女性の友達が居るんですけど、その友達に大人になってから自分の女装のことをカミングアウトして、写真も見せたりしたんです。そうしたらですね」

どうも当方には、これは相当な大冒険である気がするんですが……。
そ、そうしたら?

「『淳子とお友達になれそう』と言われたんです。『次は淳子と飲みに行きたい』とか」

『淳子さん』での友達付き合いって、やっぱり違うんですか?

「違います。女として腹を割って話してくれる感じですね」

一人の人間の中で、2つの性役割が同居する。これは面白いなあ。

「最近は『カップル女装』という人たちも居ます」

んん? 女装男性のカップル、ということでしょうか?

「男女のカップルなんですけど、女性の方が男性の女装を認知していて『今日はカレシとデート』『明日は女友達として遊びに行こう』というように付き合い方を変えて楽しむ、という人たちです」

前述の,淳子さんのお友達とちょっと似たところがありますね。
社会との軋轢や受容といったところを軽々と越え、嗜好性を完全に受け容れた先で生まれる新しい関係性。大変魅力的です。

 

 

あくまでここまでお聞きした時点での感想ですが、『趣味女装』というものは、男女の社会的な性役割のどちらにも属さない存在、というわけではないようですね。民俗学的な境界論の視座から申さば、性が揺らいでいるものは、男女のどちらにも所属しない存在で、秩序を引っ掻き回すことで刺激を与えるトリックスターの役割を持つ、と解釈できましょう。これはなんとなく、日本のマスメディアの世界における『オカマ枠』が歯に衣着せぬ毒舌と切り離せない関係であることにも、未だ残っている気もいたします。

……なあんて、これは随分と古風でロマンチックな解釈の仕方ではございますが、とまれ、趣味女装というジャンル、そういうマージナルなあり方とは少々枠組みが違うようにも見て取れました。

 

と、いったところで今回のお話はひとまず一区切りにしようと思います。

以下は次回にて……。

 

(文:くつした企画 黒田 拓)